横浜市会議員大岩まさかず(旭区) 

2018年01月09日 (火)

横浜の市花「バラ」〜歴史のストーリーを新たな価値創造(ブランディング)へ

「バラ」と横浜市〜歴史のストーリー

バラが横浜市に上陸したのは、幕末から明治の初めにかけてのころです。外国人商館の庭に咲いていたバラは、外国人と日本人の交流が広がるにつれ、次第に一般の家庭でも見られるようになり、関東大震災の頃には、市内のあちこちで咲き乱れていました。

 

「バラ」〜日米親善のシンボル

関東大震災では、横浜市は大きな被害を受けましたが、アメリカのシアトル市から、あたたかい支援を受け、そのお礼に、昭和4年、横浜市から、桜の苗木を贈ったところ、さらにそのお礼として、シアトル市からたくさんのバラの苗木をいただきました。

このバラは、野毛山公園や山下公園に植えられ、「日米親善のバラ」として親しまれ、これをきっかけに、さらに市内にバラが広がりました。

 

「バラ」〜国際仮装行列の先駆け

昭和10年から、開港記念日を「バラ祭」と呼び、「バラ行進」「バラ賛歌」などの行事も行われました。これは、現在の「国際仮装行列」の先駆けとなるものです。

 

「愛市の花バッチ」〜「バラ」が市民の花として定着

その後、昭和26年の横浜開港93周年記念の「みなと祭」において、シンボルとして、バラの造花のバッチ「愛市の花(あいしのはな)」が配布されました。のちに「愛市の花」バッジは、1つ10円で販売され、開港記念日にこのバッチをつけたこどもは、市内の公共施設を無料で利用できるといった取組も行われ、これにより、バラが、市民の花として定着してきました。

そして、市制100周年、開港130周年である平成元年に行われた市民公募の結果などを踏まえ、正式に「市の花」として制定されました。これが、平成元年にバラが市の花になった経緯です。

 

平成元年に「バラ」が横浜市花となった!

 

 

「バラ」を通じた国際交流〜保土ヶ谷区とブルガリア

保土ヶ谷区では、世界的なバラの産地、ブルガリアのソフィア市とパートナー都市協定を締結し、過去4回、「バラの女王」が保土ケ谷区長を訪問しています。

 

「バラ」〜歴史のストーリーを新たな展開へ

このように、歴史的なゆかりがあり、市民に親しまれてきた「市の花」がバラの花です。

このバラの歴史のストーリーを、市のPRや観光商品、レストランのメニュー、化粧品やお土産などに展開するプロジェクトを起こし、それを支援する事が、横浜市のブランド価値向上にも繋がります。

次代を担うこどもたちや、横浜市に転入された方々にも、市の魅力の一つとして、積極的に発信するべきだと考えます。

 

横浜のブランディング:一般質問(2017年12月8日)

《質問:大岩》

多くの魅力的な資源を持ちながら、それが点在していて、線や面として繋げられていない事が横浜の課題です。例えば、横浜市として「市の花」バラをプロモーションし、バラの歴史のストーリーを、市のPRや観光商品、レストランのメニュー、化粧品やお土産などもっと具体的なものに展開するプロジェクトを起こし、それを支援すべきであると考えますが、市長の見解を伺います。

 

《回答:市長》

たとえば、バラにちなんだお土産品をWEBで紹介して、商品開発に取り組んでいる事業者の皆様の支援をしています。いろいろなところで出しておりますが、先生から御覧になられると、もうちょっと市が統一感をもってやれということだと思います。ストーリーの展開というのは、本当に素敵だと思います。点と点が線でつながって御覧いただくということが、ちょっと足りないと私も思っております。そこをどういう風にクローズアップして、大きな横浜の魅力にするかということも考えております。大変いい御意見も頂戴いたしました。しっかりとこれから取り組んでまいりたいと思います。

 

まとめ

開港以来150年の歴史の中で培われた価値ある歴史のストーリーが、この横浜には沢山眠っています。眠れる宝に光をあて、再び磨き上げる作業が必要です。横浜の魅力を、市民1人1人が関心と誇りを持てるような価値あるものに転換していく取組みを支援して参ります。

 



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